或るニート 二人目 | ◆短編ブログ小説◆

或るニート 二人目

 一年前の春。史也は希望に夢を膨らませて、入社式に臨んだ。楽しい事

やつらいこと、何もかもが楽しみだった。今は、そんな日々が懐かしい。

 下らないミスだった。前日に何度も確認してれば。悔やんだ。待ち合わ

せの時間を間違え、大事な打合せに参加できなかった。新人が無断欠席。

噂話は会社中に広まった。辞めた。社会の厳しさを思い知らされたのだ。

はがきが届いている。合同説明会のご案内。行く気になれなかった。

 

 なにもする気が起きない。退社した直後は、すぐに再就職を目指して自

分なりに頑張った。だが、いざエントリーして働く自分の姿想像した途端

にめんどくさくなった。社会に出たくない。怖い。働きたくない。それか

ら読書に耽るようになった。面接も全て辞退して、ただ本を読んでいた。

 みんな、何しているんだろう。時々、そう思う。大学の卒業式、友人と

皆で夢を語り合った。史也の夢。それは、それなりに稼ぎ、家族と共に暮

らすこと。皆が頷いてくれた。お前ならできる。そう言ってくれた。

 

 あれから一年。引篭り始めて八ヶ月になる。既卒就職は厳しいと、よく

見るインターネットの就職掲示板に書いてあった。就職は無理なのか。行

き場を失った思いだ。

 所詮、俺にはサラリーマンは向いていなかったのだ。その時、突然頭の

中から煩わしさが消えた。そうだ。サラリーマンが無理なら職人だ。職人

ならば、己の腕次第で食っていける。確かに厳しい道だ。だが、その分野

で右に出るものがいない、とまで言われるようになれば。文也の体中、特

に下腹部に気が集まっている。一年前の春も同じ気持ちだった。測量の職

人になろう、と考えた。学生時代、アルバイトで測量助手を経験した。

 読まずに放り投げられていた、アルバイト情報誌に飛びつく。測量士。

どんな会社でもいい。アルバイトとして経験を積み、いつの日か、認定試

験で合格する。電話を握る史也の手は震えていた。


「下に降りろ! わかったら、さっさと作業を始めろ!」

 ささいな事で怒鳴る社長がいる小さな会社だった。しかし、史也は負け

ない。一度消えかけ、またついた火だ。何時か、測量士になる明日を夢見

て。史也の第二の人生が始まっていた。