老人2
田舎に住んでいた頃を思い出した。その寂しげな老人の目が、ふと記憶の
端にいた祖父を思い出させた。祖父とはよく話したものだ。何かを将棋の
駒に例えるのが大好きな人だった。人生、諦めてはだめだ。最後まで追い
込まれても、一つの歩で大逆転することもある。懐かしい言葉だ。お前が
巣立つ時、この歩の精神を忘れるなと最後まで言っていた。祖父の人生は
鴨の水掻きのようなもの。若い頃から苦労していたようだ。そんな祖父が
大好きだった。やがて千尋の頭の中に様々な考えが交錯していた。私は狐
塚にでも来たのだろうか。この老人の透き通る目の奥の青々しさが、心の
池に沁み込んでくるようだった。これは現実なのか。混乱していた。何か
袋小路にでも迷い込んだかのように。それでも、どこか心地良い。老人の
目は、千尋に安らぎを与えてくれた。何故かは解らない。どこか頭の中が
白くなるような感覚だ。やがて我に返った時、老人は歩いていた。
高齢なのだろう。老人はゆっくりと、それでも千尋から目を逸らさぬまま
田植えをするような姿勢で近づいてくる。千尋は慌ててベンチを立った。
馬鹿たれ! 老人の一喝が飛ぶ。千尋は腰を抜かした。「お前は今、この
場を逃げようとしただろう?」誤解だった。「わしみたいなホームレスが
新鮮に映ったか?」「違います。私は貴方と話がしたくてベンチを譲…」
大口を叩くな! 千尋の言葉が終わらぬ間に、また一喝が飛ぶ。「今日は
久々にいい目をした若者と出会えたのに。がっかりじゃ」千尋は冷静さを
保てなかった。何故、自分が怒られているのかわからなかった。それでも
新奇を好む千尋の胸は踊っている。老人にとりあえず謝ってみた。すると
宿泊していくかね、と聞かれた。身の危険。少し考えた。それでも一世一
代の機会かも知れない。神のお告げがここへ向かわせたと考えるなら。色
々と不安も考えていると老人が言い放つ。「安心せぇ。わしだって昔は植
木職人で、小さな孫だっていたんだ。お主にそっくりな孫が。交通事故が
原因で死んでしまったが、お主と同じいい目をしていた。だから安心して
宿泊しなさい。襲ったりはせん。話がしたいだけじゃ」千尋は頷いた。