道 3 | ◆短編ブログ小説◆

道 3

そんな修の目を見て本嶋は言う。「いいや。俺だってガキの頃はよく仮病

の一つや二つ使ったわな」本嶋が笑っていた。戸惑った。こんな顔今まで

一度も見た事は無い。居間で本嶋と対座した。正座をする。娘はいない。

足崩していいぞ。それが第一声だった。優しい目をしていた。「今日お前

が何をしに来たかは大体わかる」修は声を振り絞って言う。「先生は人の

道に…」精一杯。言葉が詰まる。本嶋の表情は真剣だ。「だな。悪かった

とも思う。でも俺が子供の頃なんてもっと辛かったぞ。毎日殴られたさ。

なぁ、俺が何を言いたいかわかるか?」わからなかったが、怒りが無くな

りつつあった。自分でも信じられない。ふと、あの日の事を思い出した。


その日、修は暗いロッカーにいた。一年前のあの日だ。発端は、好きな女

の子がコンパスを忘れた事からだ。絶対に忘れんなよ。本嶋の言葉が一言

一句頭に響く。好きな子が本嶋に怒られるなんて耐えられない。女の子の

足も震えていた。だから、自分のコンパスを貸した。まずいって。女の子

が焦った。いいよ、俺は二つ持ってるから。嘘だった。そして本嶋に掃除

道具が入った狭いロッカーに閉じ込められた。三時間も。その三時間の間

とにかく泣いた。決して怖いからではなく悔しかった。が、その中で新た

な別の自分も見えた。絶対に強くなってやるんだ。いつか、何かをしてや

る。自分でも解らないが、己の中に闘志が湧き上っているのはわかった。

 
迷乱する修に構わず本嶋は続けた。「確かにやり過ぎた。その事は謝る。

わるかった。だがな、これから中学、高校と進むお前には、これから先も

ずっと辛いことが待っているだよ。でも、小さい頃からこうして辛い環境

にいると、『過去はもっと辛かった』って踏ん張れるもんだ。許せない所

行だったかもな。まぁ、それでも俺が憎かったら、お前が大人になったら

けんかでもしに来いよ。」本嶋が笑った。あぁ、何となく解った気がする

よ、先生。修の気持ちは晴れ晴れとしていた。


行く行くは有益になる。あの日、修は狭く暗い部屋に閉じ込められた。だ

けど、その三時間が修の何かを動かした。卑屈になるところか、辛い事を

ばねにして強くなった。こうして一人で乗り込めたのが証拠だろ。俺にも

わかるよ。最後に本嶋は言った。修は泣いていた。何故自分が泣いている

か分からなかった。翌日、本嶋のお別れ会があった。本嶋が別れの挨拶な

るものをしているが、クラスの連中は、誰も悲しそうにもしていない。娘

さんとお幸せに。修は本嶋を見つめた。やがて本嶋の話が終わった。先生

ありがとう!叫んだ。