老人1
東へ行け。神のお告げはそう言った。山手千尋はすぐに東へ向かった。上
京して、ちょうど一年。今、千尋の全ての行動は神の声が決めていた。
神のお告げさえ守っていれば何時か幸せがやってくる。彼を忘れられる。
田舎暮らしからの付き合いだった恋人がいた。未だに忘れられない元彼。
秋風が二人の間に吹いたのは三ヶ月程前。俺ら別れよっか。電話のその言
葉が、そのまま別れの言葉となった。二十歳の千尋の心は荒れた。確かに
原因は自分にあった。ろくに連絡もしてなかった。だからって…。心が制
御できなくなった。占いに頼り始めたのはそれからだ。声。神のお告げに
徒っていれば、神に責任転換できる。だから自分は苦しまないで済む。下
町を出て歩き続けた。歌手になる夢も一向に芽が出ない。母の顔が浮かび
上がる。母さん、ごめんね。毎月仕送りしてもらってるのに。私このまま
野垂れ死ぬのかしら……。それでも神のお告げ通り、千尋は東に歩いた。
鶯色のスニーカーはすっかり破れていた。幸せはいつ訪れるのか。希望の
谷間を求めて、ひたすら歩いた。やがて公園に着いた。ベンチに座る。今
日も何も起きないのか。落胆した。こんな生活いつまで続くのだろう。夕
暮れの景色が千尋の心を表している。諦めの気持ちもあるが、一方で、一
里の希望も捨てていない。私には神の声が聞こえる。それを心の支えに。
西の空に日が落ちようとしている。朝から歩いていたので疲れていた。今
日は帰ろう。その時、ふと一人の老人に目が留まった。テントにて一人で
暮らしているようだ。そのテントに、一枚の紙が貼ってあった。『老騏千
里を思う』そう書いてあった。老人と目があった。寂しそうな目だ。