或るニート 一人目 | ◆短編ブログ小説◆

或るニート 一人目

 怖い。人生は甘く無い。毎日、好きな時に食べて、遊んで、寝る。楽に

生きている間に、進は、すっかり対人恐怖症に陥っていた。    

時計の針は五時を回っている。街を歩く人の流れは止む事を知らない。

引篭り生活も十一年目を迎えた。このままでいいのか。このまま死んで

しまうのか。いい年して定職にも就かず、家で親を頼り、怠けている。

 変わりたい。   

そう思って、今日は下降線生活に歯止めをかけるべく、外に出てみた。

十一年ぶりの外出だ。天気がよい。太陽が、きらきらと輝く。光の無い
生活を送り続けてきた。外の光も社会の光にも。ベクトルを修正したい。

人の目線。進は、己の胸の内部に恐怖心が芽生える変化に気がついた。

怖い。道歩く人間全てが刃物を持っているのでは。ありもしない事。だ

が、今の優は人が怖かった。長らく続いた、引篭り生活の影響であろう。

正常な判断力を失っていた。これから何をすれば。ならず者の住処はやは

り影なのか。怖い。人が怖い。身を危ぶんだ。こんな所で死ぬのは嫌だ。

家に引き返した。おれには無理だ。おれには。自嘲。おれのせいで、母

さんに迷惑をかけてる。生まれてこなければよかったんだ。気が滅入って

いた。

公園が見える。人は誰もいない。小さい頃、夢中で公園の中を走ってい

たあの頃。まだ優しかった父。進は、そこで己の幻を見ていた。幻が説得

してくる。勇気を出せ。幻の子供。少年の進は、今の進に力強く力説をし

てくる。親の事は余り気にするな。子を見ること親に如かずだ。人生一度

きりだぞ。幻の言葉は、次第に進自身の言葉となっていく。その度重なる

幻との会話は、いつの間にか自答自問へとなった。負けるな。一度きりの

人生。まだやり直せる。歩いていた。再び街に向かって。繰り返し呟く。

人生一度だ。人込み。もはや刃物を持つ人は誰もいなかった。