密使 | ◆短編ブログ小説◆

密使

 時間にして二十分程だろうか。電車の片隅。悠太は生きた心地がしなか

った。駅。階段を上る悠太は、人との接触に細心の注意を払った。大金を

持っている。落とすわけにはいかない。今の自分には払えない金額だ。改

札口を抜け一目散に走った。目的地。地図は頭に叩き込んだ。この大金で

ある物を買え、と言われた。何を買うかは知らない。紙を渡された。この

紙を渡せば文句は言われないらしい。紙は、悠太のポケットの中に隠して

ある。それを読むことは出来なかった。難解な記号で書かれているのだ。

 駅前の交差点から少し歩くと目的の場所が見えてきた。建物は古く、ど

こか祖母の家の匂いがした。その人物と目があう。髪は剃っており髭を蓄
えてる。事と次第によっては、生きて帰られないような雰囲気すら醸し出

している。息を吐いた。自分を落ち着かせようとした。だが足が震えは止
まない。気を抜いてはいけない。睨みつける。目。負ける。自分の中の何
かが折れていくのが解る。やがて、そいつが不敵な笑みを浮かべた。 


何の用だい。そいつに紙を渡した。ロクな物食っていないのだろう。そ
いつの足取りはまるで、ろう人の様であった。ブースのような場所から、
ロボットのような動きで白い袋を持ってきて悠太に渡した。グッバイ。変
な挨拶をされた。えたいも知れない人物だ。

よるも更けてきた。うちに戻ると、かあさんにいい匂いがするその白い
袋を渡した。なかなか初めてにしては上手くいったじゃない。とにかくあ
の店のお饅頭は美味しいのよ。

思った以上に、うまい食べ物だ。


 悠太は五歳にして、人生で初めての“お使い”を経験した。あの変なおじ
さんと、買ってきたお饅頭の味が、いつまでも悠太の中に残っていた。