老人3 | ◆短編ブログ小説◆

老人3

渋そうな柿を美味しそうに食べている。テントに案内されはしたが、中は

谷底にいるような寒さだった。毎日ここで生活しているらしい。お主らは

恵まれているんだよ。最初に言った言葉だった。家も金も無いワシらとは

比べものにならないほどにな。千尋の胸の内を察しているようだ。今は長

寿することだけが人生の目標じゃ。老人の世を捨てたような言葉と裏腹に

目だけは強い光のようなものを放っているのを千尋は見逃さなかった。色

黒の柿を見つめながら、千尋は語った。今の自分に置かれた境遇の全て。

五年前に恋人がいたこと。その恋人に突然捨てられたこと。田舎の両親の

反対を押し切り上京したこと。目標に手が届かないこと。希望を失いかけ

田草の如き生活を送る自分に、今頼れるのは神のお告げだけということ。


大声で老人は笑い出した。千尋はむっとした。そんな千尋を見て今度は長

崎に住んでいた頃の自分の話をしだした。「この柿はな、死んだ孫娘の遺

品でな」その孫娘は柿が大好きで、自分の家に遊びに来る度に柿を持って

川の畔にて一緒に食べたそうだ。だから、この柿を食べていると、孫娘と

田平町という故郷を思い出すらしい。この老人は何を言いたいのだろう。

町に住んでいた頃の話も終わりに近づき最後に老人は言った。「男はな、

浜辺に打ち寄せる波の如く何度も何度も挑戦する気概を忘れちゃいかん。

松明の日のような炎を、常に胸の内に秘めておくことをな。若い頃わしは

町で何度も挫折した。失敗するたびに師匠がそれを教えてくれた。これは

新古問わず、男女問わず、全ての人間に言える事だと思うよ。だからな、

橋が無ければ渡られぬようなお主にそれを教えたかったんじゃよ。希望が

有るうち、少しでも有るうちは何度でも挑戦しなさい。自分の力でだぞ。

楽になりたいからって神だ何だと言ってるうちは、まだまだなんだよ」

町でこの老人が得たこと。それを女である千尋が受け取れるのだろうか。


東風が吹き荒れている。いつの間にか老人は眠っていた。自分の力。東

京生活を考え直した。神はもうやめる。そして呟いた。老騏千里を思う。